2024.08.08 Thursday
【中級】第5課 あきれる
≪読みましょう≫
タイトルは「満員電車」。タイトルと本文の内容が一致していない。本文に「満員電車」のことは5~6行目だけ。2段落のエピソードも満員電車での出来事ではない。
結論は相変わらず、「今大切なことは、 ~中略~ 考えてみることだと思っています。」と、筆者の意見・考え・主張はなにもなく、読者に丸投げ。
しかし、この文章でとりあげられた「あきれる」ことは、日本の宗教・文化・習慣とは無関係で、つまりはマナーの悪い人たちのふるまいである。
マナーを守らない人は世界中どこにでもいる。マナーを守らない人を見たことを大切にして、なぜマナーを守らないのかを考えても、日本を理解することには何の役にも立たないだろうに。
5~6行目「朝の満員電車にどうしてがまんできるのだろうかとふしぎでたまらなかった」
いや、つまり、そのあんたも、その朝の満員電車で毎日通学してるやん。あんたの思考回路のほうが不思議でたまらん。
≪使いましょう≫
A「~たばかり」(※『みんなの日本語Ⅱ』第46課)
例1.日本に来たばかりなので、まだ携帯電話を持っていません。
何で国で使ってる携帯電話を持って来なかったん? それ、日本でも使えるで。
B「~て/でたまらない」
例1.やっとたばこをやめたが、ときどきすいたくてたまらなくなり、つい買ってしまう。
いや、それ、全然止めてへんやん。

2017.04.22 Saturday
【対談】 授業論 ~ 知識は授業を成立させるか?
久々の更新。
なぜ更新しなくなったのか。
1.更新する暇がないから
2.中国から帰ってきて、面白い記事が書けなくなったから
以上である。
とくに2が大きい。自分で読んでてもつまらない。
読んでいるほうは、もっとつまらないだろう。って言うか、読む気がしない → だから、最後まで読まないだろう。
それに、読者の想定ができなくなった。
中国在住時は、中国在住と、中国に関心を持つ日本語教師が対象だった。
日本に戻って誰をターゲットに文章を書けばいいのか?
退職者さんに「本中華、無くなりましたなあ。なんちゅうか」なんてコメントされたが、あまりにもつまらない記事だと思ったので恥ずかしくなって削除したのである。
中国にいたときの記事は、自画自賛になるが、たまに上質な笑いのセンスが冴(さ)えまくっている記事があったんだけどな。「たまに」だけど。
久しぶりの更新は、海南島さん(←もう、海南島ではないけれど)のブログをパクって(無断引用して)の対談。
Nが海南島さんで、Cが私。真面目な教育論・授業論だ。
まぁ、とにかく読んでね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
C: 4月になって、私が非常勤講師を務めている日本語学校にも数人の新しい先生が
入ってきました。
全くの新人の先生は、教案づくりに苦労し、そして授業を終えて「あそこがうま
く教えられなかった」「ここが予定通りできなかった」なんてよく言ってます。
全くの未経験なんだからうまく教えられなくて当然だし、授業が予定通りいかな
いのはベテランであっても一緒なんですよね。
新人の先生は知識を伝えることことよりもっと大切なことがある。
それは、先生が授業を楽しめたか、そしてその楽しさが学生にも伝る、楽しい
授業ができたか、「新しい先生はいい先生だ」と学生に思われたかということ
だと思うんですよね。
N: わたしは教師仲間の与太話で (じつは大切なことだ。与太話もできない教師はど
こかに欠陥があって、しばしば定年までを全うできない) 、階段教師、出席教師、
という話をするんです。
C: 何ですか? その階段教師、出席教師って?
N: ある先生は、家で教材研究なんかやらないで、午前7時半、出勤してからその日
の授業部分を調べる。
ある先生は、出勤した時はとりあえずコーヒーを飲まなきゃいけないから、授
業前に職員室を出て廊下を歩き階段を上りながら、その日の授業で何をするか
考える。
別な先生はそこでも考えない。教室に入って、出席を取りながら考える。
というか、決めるんです。
C: わたしも教案をつくらないんですよ。
教案を見ながら授業をするんじゃなくて、学生の反応を見ながら授業を作って
いきたい。
でも、さすがに教室に入って、出席を取りながら考えるなんていう芸当はでき
ません(笑)。
学校では、その日に担当講師が教えるところを決められているから、授業の前
日にスケジュール見て、頭の中で大まかな授業の流れを確認してます。
N: そして、一番優秀な先生は、出席を取り終わっても決めていなくて、チョーク
を黒板に「こつん」と当てた瞬間に、決めるんです(笑)。
C: ええっ(笑)。
N: 生徒に「今日はぁ、89ページの『こゝろ』〈Kの自殺〉をやるぞー」と宣言する。
そして、授業を始めるんです。
C: 優秀すぎます(笑)。
N: これが、一番優秀な先生だというと、若い先生は「またぁ」と笑うのでありま
すが、冗談じゃないのであります。
職員室でいっしょうけんめい教科書とそれに準拠のアンチョコなんかいくら繰
ってもその通りの授業になんか絶対にならない。
C: そうです、そうです。予定通りの授業なんか絶対にできない。これは絶対です。
たとえば、20人の学生がいる教室なら、20通りの反応がある。
教案例なんかを見ると、教師の発話・質問に対する学生の反応・答え、
つまり学生の発言をあらかじめ書いてある。
そんな、アホなと思ってしまいます。
なんで学生が次にどんなことを言うのか分かるのか。教師はユリ・ゲラーか?
N: 生徒に今日の授業の宣言をする。でも生徒はとっくの昔に「何も決めていな
かったくせに」と気づいている。
それでも授業が成立するように先生に「協力する」。
そういう関係を作る方が大事であります。
C: 全く同感です。
先生が学生と共同で授業をつくりあげることができるというのは、先生が学生の
主体性を引き出せるということです。
そんな先生は、本当に優秀だと思いますね。
だいたい、先生は学生に「知識」を「教えている」と思ってはいけないと思うん
です。サイレント・ウェイという外国語学習法を編み出したアメリカの心理学者・
ガッティーニョは教師が教えることができるのは「気づき(awareness)」だけ
であると考えました。
授業で先生が教えたことなんて、学生は全部忘れるじゃないですか。
それで、テスト前に必死で覚えなおしている。
N: 教頭や教務部長は、教材研究をしっかりやって、生徒のどんな疑問にも答え
られるように準備しろ、という。冗談じゃない。
授業中に、答えに窮するような質問をする現場なら苦労は無い。
あっても、「その質問には難しくて答えられない、調べてきて明日答える」
って言えばいいんです。
それで納得できない学生なんてわたしは知らんよ(笑)。
C: わたしは知らんよ・・・。あはは・・・。
たしかに、その質問には難しくて答えられない、調べてきて明日答える
って、実に誠実な返答ですよね。納得してもらいたいですね(笑)。
N: 國學院大學に、竹内常一って立派な教授がいました。『若い教師への手紙』
という名著があります。
教授がある高校教員から、「授業が成立しません」という手紙を貰ったん
です。
教授は「どんな努力をしてるんだ」と聞いた。
教員は「必死で深夜まで教材研究しています。生活指導研究会にも入って
古典文書を読んでいます」と答えた。
すると、教授は、「そんなバカなことはいますぐやめろ。教習所行って大
型バイクの免許を取れ。最低でも750ccのバイクで出勤しろ」とアドバイス
した。
これ、本当の話です。
C: 最低でも750ccのバイクで出勤しろ? ん? どういうことですか?
N: アルファベットをAからZまで書けない学生が教室にあふれ、それで荒れ
ているという時に、「教材研究」なんてやって、落ち着くわけがないんで
すよ。
バイクが正解なんです。バイクが立派なコミュニケーション手段でしょ?
C: わぁ、すごくよく分かります。それに、大型の免許が取れるのは18歳以上
だから、750CC以上に乗った時点で、全ての高校生に勝利している(笑)。
N: 先生の知力が授業するんじゃないんですよ。
生徒との人間関係が、授業をするんです。
C: おおおおおっ!
「知力が授業するんじゃない。学生との人間関係が授業をする」。
珠玉の名言ですよ。私が日頃思っていたことを端的に言い表わしてくれま
した。
N: 大学で立派に教育手法を勉強し、日本語、国語に関する知識もたっぷりと
蓄えて、それで教材研究しないといけないような知力に恵まれた学生のい
る「現場」があったら、日本て国はこんな状態じゃありませんてば。
C: あははは、その通りだ。
いやぁ、今日はとてもいいお話を聞けました。ありがとうございました。
授業で悩んでいる新しい先生に「学生との人間関係が授業をする」って
言ってあげようかな。
N: 階段教師、出席教師という話をすると、一部の若い先生は冗談だと思って
笑ってくれ、別な一部の先生は海より深く軽蔑してくれました。
べつに軽蔑されても平気であります。
C: うーん。ということは「常識」ある先生からすると、この対談は非常識な
ことを言う、はみ出し教師二人の与太話ということですか!?

2016.07.18 Monday
花火大会
「夏になると花火大会があります。日本の花火はきれいです。みなさんも見に行ってください」と言ったら、シリア人のA君が言った。
「先生、シリアに来てください。シリアは毎日花火大会です」
もちろんシリアの花火の下には死体がごろごろしている。

2015.12.12 Saturday
アリとキリギリス ~ キリギリス的幸福論
Y学院火曜日の授業。
読解の教材は『アリとキリギリス』。
改めて『アリとキリギリス』を読んでみる。
知性が邪魔をして『資本主義の倫理とプロテスタンティズムの精神』マックス・ヴェーバーなんていうムズカしい本(ほんとはそんなに難しい本じゃないけど)を思い出したりする。
授業はちょっと紙芝居仕立てにして楽しませてやろうと思った。
以前はダイソーに絵本があった。これを使おうと思って探したけど見つからない。店員に聞くと「絵本はありません」と言われた。廃刊なのかもしれない。
100円とお手軽なので娘が小さいときにシリーズをよく買って、読み聞かせしてたんだけど。残念。
しかたがないのでネットでの画像を探していた。
どのイラストもキリギリスはブルジョワ風で、アリはプロレタリア風に描かれている。
ということは最終的にブルジョワ=キリギリスの死で終わる『アリとキリギリス』は、お子様向け共産党宣言???
もっともそんなわけはなくて、『アリとキリギリス』は「働いて富をためなさい」という資本主義的道徳である。
なんて言っているが、もちろん『アリとキリギリス』が収められているイソップ物語の成立は資本主義以前、マルクス以前のはるか昔だ。
検索で出てきたイラストの中に
「人生目いっぱい楽しんだ・・・悔いはない」と大変幸福そうな死に顔のキリギリスのイラストがあった。
深い・・・。
※イラストの転載許可をもらおうと思ったのだけど、コメント欄が見当たらないうえに、メールアドレスなどコンタクト先も分からない。よってイラストは無断借用させてもらってます。

2015.11.18 Wednesday
リンク追加 ~ 貧しきものは幸い…なわけない!
日本に戻ってきてから、どうも記事がつまらなくなった。と、自分でも思う。お笑い系がなくなって教育論みたいなのが多いな。
記事と同時にアップする写真も極端に減っている。だいたい、人が読みたくなるブログと言うのは、写真がいくつかあって、写真の間に、あまり長くない文章がはさみこまれているものである。わたし、両方の条件を満たしてない。
みどりさんの「みどりの果敢な北京生活(忍者版)」は、いつもこの条件を満たしている。笑いのセンスもするどい。
やっぱり、環境は大事だ。
中国という異国だからこそ、見るもの、目の前にあるものがすべて面白くて、それを面白い! 面白い!と写真にとって報告していたのだが、日本なので、しかも生まれ育った神戸にいるもんで、どうも目にするものが日常茶飯にしかうつらない。
仕事に余裕が出てきたら、そのうちお笑い系に戻るのでしばし待て。
なにせ、授業準備や、作文の添削やら、採点やらで、9月の終わりから家賃払っているのに、未だに大阪市内の新居には移れていないのだよ。(9割がたの荷物は新居に移したのだけど、仕事に必要な本やら教材やらパソコンやらなんやらがすべて神戸の実家に残っているので、新居に移れないでいる)
ところで、このブログの右下にあるLinks。
もちろん、こまめに更新をチェックしている愛読ブログにリンクをはっている。
わたしのブログを読んでいる人には、こっちも面白いよ。読んでね。という意味もある。
『nanshifandaxuenakaのブログ』は、人様のブログではあるが、私の言いたいことがずばり書いてあることが多くて・・・。
脳みそのどこかがまったく同じ構造というか、全く同一のプログラムが組み込まれているのだと思う。
パリのテロに関する記事で、「良識は完全にこちらにあり非道無道は疑う余地なく向こう側の組織に充満しているという主張は、父祖の土地を奪われあるいは蹂躙されただ平凡に暮らしていただけの人間の頭上に“イスラム兵士がいる『かもしれない』から”という理由で雨あられと爆弾を降らせ“られる”人間の側から見た時、全く相対的な無根拠なものにすぎない」「オサマ・ビンラディンがいる“かもしれない”という、希薄きわまりない理由でボカンボカンと爆弾を落とすアメリカが信じられなかった。たしかに岩と低木の半砂漠だが、それでも人間が住んでいる。間違いなく人間の営みがある」、「空爆するアメリカは国際社会の中枢だがアフガンやイラクは国際社会に入らない」、「パリは爆撃しないがアフガンは爆撃しても平気だという理屈が、どうしてもわからなかった」という意見を読んで、わたしはブログを書く手間が省けたと思った。
イスラム国に報復すること、それが正義であるかのような新聞記事を読みながら、わたしが考えたことと全く同じだったからだ。
世の中、こんなに意見が合う人もいるもんだ。ただ、私は性善説で、海南島さんは性悪説の人だから、根本的なところでは完全に対立するはずなんだけど。
根本は正反対なのに、同一の結果が出力される。やっぱり脳の一部が同一の思考回路になっている?
とにかく、読んでない人は読みなさい。
そのLinksにブログを追加した
『管理職日本語教師の、相当深~いつぶやき。』
ブログ主は、日本語教師のyoriさま。
リンクの許可のお願いのメッセージを差し上げたら、「私のブログのリンクをchinamaychina様のブログにはっていただけるなんて、光栄です」という、ていねいな返事をいただいた。
さらに「あなた様のブログも拝見いたしました。いや~なんというか感激です。久しぶりにまともな社会人としての前向きなご意見を伺えてよかった~という感じがしました」との言葉も。
恐縮である。光栄なのは、中国から戻って日本で日本語教師を始めたばかりのわたしのほうである。
yoriさんは日本語教師歴なんと17年! なのである。
さて、yoriさんの『『管理職日本語教師の、相当深~いつぶやき。』
面白いのか?
といわれると、日本国内で日本語教師している人以外には・・・うーむ。
読みやすいのか?
といわれると、かなり辛辣な日本語教育界批判が多いから・・・うーむ。
じゃ、なんで読んでいるのか? というと、学生にいい教育を受けてもらいたい。そのために日本語学校は教育の質を上げる努力をしてほしいという、学生に対する誠意を感じるからだ。
日本で日本語教師を始めて、日本語教育の世界に同じ危機意識を実感として感じたからだ。
またまたいただいたメッセージの引用になるが、
「最近は頂くメッセージもお悩み相談的なものが多く、まじめで熱心な、社会人としてのまともな感覚がまだ壊れていない新人教師ほど、悩んで「どうしたらいいんでしょうか?私の何が悪いんでしょうか?」と送ってこられる。とても心が痛いです。」
という文面からも、
日本語教育は本来、世界中から集まってくる学生と教師が、ともにすばらしい夢が描ける誇り高い職業でしょ?
新人教師が夢と希望を持って入ってきても決してそれを裏切らない素晴らしい職業であるはず(あるべき)でしょ?
ところが、ダメな日本語学校とダメな中に安住し改革の努力をサボタージュする日本語教育の世界が、教師と学生がともになってつくりあげるはずの夢をぶちこわす。
日本語教育はこのままでいいの? いいはずないでしょ。
そんなメッセージを強く感じる(誤読してないですよね?)。
それにわたしは「そうだ、そうだ」と強く共感する。
わたしも時々ぼやいているが、日本語教師の社会的地位は低い。
日本語教師の給与といったらそりゃあもう、プアホワイト。
しかし、「やりがいがある仕事」ということで、「日本語教師は職業じゃない。生き方だ」なんていう、日本語教師の間では有名な言葉があったりする。
日本語教師は職業じゃない。生き方だ。
こんなこと言って、現状を肯定してはいけないのではないかと思う。
いつまでたっても社会的地位の低いままだよ。
日本語教師、きわめて専門性の高い、誇りある職業じゃないか。大学生のアルバイトではできない仕事だよ。それに見合うだけの対価を得るべきだろうと思う。
日本より貧しい国の学生が相手だから・・・なんて変に納得せずに、小学生を相手にしている浜学園のアルバイト学生講師のほうが時給が高いのはおかしいと思わなきゃ。
毛沢東は、貧しいことは悪くない。不平等こそが悪いといった。
「日本語教師は職業じゃない。生き方だ」なんて言っている日本語教師は毛沢東主義者か? 日本語教師は平等に貧しい貧者のユートピアの住民なのか?
ニーチェは「貧しきものは幸いである」というキリスト教道徳を「奴隷道徳」として激しく批判した。わたしも発狂しながら、ダメな日本語学校、ダメな日本語教育の世界を批判していこうかな。
でも、そんな記事書いてたらますますブログ村のランキング下がるな。
そういえば、最近日本語教師LIFEセンセーのブログ、全然読んでないや。
最後に、yoriさま、丁寧なリンク許可のメッセージありがとうございました。神戸との関係は、上記のとおり。神戸の生まれ育ちです。

2015.11.15 Sunday
テスト作成中 ~ 授業は商品である
休みというのに、K学園の後期中間試験を作成中。先週の日曜日は作文の添削をしていた。
テストは、2クラスを受け持っているから2クラス分。「会話」と「読解」のテストを作成しなければならない。
K学園は金払いが悪い。テスト作成手当なし。
2chの掲示板で評判を見たら、やっぱり”ケチ”という言葉があちこちに。
来年の3月までの契約を待って、この学校は終了にしたい。
それにしても、この学校は「学校としての教育の質」「学校として提供するサービスの質」という考え、要するに「教育の品質管理」の思想が全くない(としか思えない)。
授業で何をするのかは常勤の各クラス担当にお任せ。
だから、ある担任は事細かに授業のやり方を決めて、非常勤の講師にそれを要求する。
ある担任は、この教科書を使ってください。あとはお任せしますということになっている。
一つの学校なのに、担任によって授業のやり方が全然違う。
こんな状態だから日本語学科の主任の先生が、各クラスで何をしているのか把握していない。
だから、
非常勤 : あのう、すみません。〇〇はどういうやり方ですればいいのでしょうか?
主 任 : わたしはわからないので、担任の先生にきいてください。
となる。こんな主任の先生は初めてだ。
どんな会社(学校)にも、会社(学校)の看板として、ウチはこういうクオリティーの商品(サービス)を提供しますという思想があるべきだろう、というかその思想がない会社(学校)は珍しいだろうし、おかしい。
その思想がないから、平気で新任の非常勤講師にもテストを作成させる。
大きなテストは、そこでの経験ある講師が作らなければならない。
そして、「各学期の中間であるいは期末で、このテストのクラス平均が〇〇点になるような授業をしてください」と、学校が各講師に求める授業の水準を示さなければいけない。
そして、その中で各教師が目標に向かって切磋琢磨する環境があってこそ、講師の側も日本語教師として成長できる。
浜学園は「授業は商品だ」といった。今から40年以上も前に。
当時は、「教育を商品とは何事か」と非難ごうごうだった。
塾は利潤追求をする私企業だ。そして商品は授業だ。だから商品としての授業のクオリティーを上げる努力をする。
そして各先生は集客力のある、顧客満足度の高い商品(授業)を提供すべくスキルを磨く。
当然のことじゃないか。いいことじゃないか。何がいけなかったのかと思う。
もっとも当時は、塾は「神聖な」教育を金もうけの手段にする悪の商売という声がたくさんあった。
さて、K学園。
学生の学習意欲が相対的に低いから、クラス担任は次々と教室内の規則を次々と作る。
授業中は学生全員の携帯・スマホを取り上げる。
カンニングはその場で即0点、などなど・・・。
経験的にいって、規則を細かくしていけばいくほどその網から漏れる学生が増える。
つまり、規則違反がますます目につくようになる。
だから、この規則が守れない学生には以下の罰則を与えますといったようにますます規則が増えるという、息苦しい規則のスパイラルに陥る。
そして、学生の目から輝きが消える。
学校として、目の前にいる学生たちにどんな教育というサービスを提供したいのだろうか?
彼らが発展途上の国の学生だからといって、どこか彼ら彼女らを見下していないだろうか?
教育理念がなく、目の前にいる大切な学生を、授業料を運んでくれるお客さんとしか見ない学校の経営に手を貸すようなことはしたくないと思う。
ついでに、この学校は授業の際、副教材として市販のテキスト類を大量にコピーして学生に渡している。
われわれ講師は、授業の前にせっせと大量の無断コピーをしている。
最終的にはテキスト一冊(一冊に終わらないんだけど)丸ごとコピーをクラスの全学生に渡すことになる。
まぎれもない著作権の侵害であって法的にも問題がある。非常に心苦しい。わたし、もと編集者だから、教材を出版していた側として無断コピーの問題には敏感になる。
それに、こんだけ副教材のコピーが多いというのは、教育が要するに「詰め込み教育」になっているのだ。
たくさん教えたら、たくさんできるようになる。経験の浅い先生は結構こう考えて、やたら宿題を出したり、プリントをいっぱい作ったりするする。これ塾での経験。
わたしは、10のことを教えるのに10の知識を与えるより、1つのことを教えて、それを10の知識として活用できるような授業をしたいと思う。宿題だって、授業でやったことの確認・定着以上の内容は不要だろうと思う。
経験の浅い先生は、易から難へと配列されているページの問題番号順に問題をやって、「残りは宿題です」なんてことをやる。
結果難しい問題が宿題として残される。
難しい問題をじっくり考えながら解くことに快楽を感じる優秀な生徒・学生ばかりのクラスならそれでもいいだろう。でも、そんな生徒・学生は絶滅危惧種としてレッドリスト入りさせてもいいくらいのごくごく少数派である。
学校にもいろいろある。私が行っているもう一つのY学院はいい学校だ。学ぶところも多い。
エラそうにK学園はダメだねぇなんて、こんな教育(学校)論をたれているわたしだって、素直に「勉強になります。ありがとうございます」と謙虚になれる。
それにY学院は、テスト作成の際はちゃんと手当がある。もっとも新任の講師にはテスト作成なんて大役はまわってこないが。
K学園もテスト作成手当が欲しい。こんなだから、K学園は非常勤講師の定着が悪いんだよな。
愚痴ってないで、早くテストつくろっと。
【追 記】
YOUTUBEリンク: Stranglers - Shah Shah a go go
わたしは、もちろんテロには反対する。が、同時になにがテロリストを生み出したのかという冷静な考察(犯人グループはフランスのイスラム国に対する空爆を犯行の動機としている)が欠落したままの、「あらゆる手段」を使った感情的な「報復」「無慈悲な戦い」を決行することにも反対する。
報復。9.11以来よく聞くようになった言葉だ。イスラム急進派に対するテロへの報復が新たなテロを生み出していることは9.11以降の事態から明らかではないか。
今教えている学生の中にもシリア人がいる。もちろんイスラム国とは無関係だ。が、今彼はどんな気持ちでいるのかと思う。

2015.11.02 Monday
恐るべし、中国の国際的影響力
日曜日だ。
でも、この間の作文の授業の添削をしなければいけない。
で、添削をしていた。
授業時間外の作業が多すぎるぞ!
授業時間外の作業に給与は出ない。割に合わんぞ!
海南島さんが、長い時間をかけて作文の添削をされていることをよくブログに書いている。とても丁寧に、親身になって学生の作文を読んでおられるのだろう。
まったく頭が下がる。
もっともわたしだって、初級のたどたどしい日本語だけど、一生懸命に書かれた『わたしの週末』というテーマの作文を、一人一人の顔を思い浮かべながら読むのは楽しい。
しかし、大阪の「阪」の漢字が、日本のじゃなくて、中国の「阪」になっている(中国の書体の場合、四画目が水平ではなく、右上から下へと斜めになる)作文が多いのは、クラスの中国、そして中国系学生の影響か!?
中国系シンガポール人のヨン君の隣に座っている、シリア人ナセル君の書く漢字にもしっかり中華系の影響が見て取れる。
「阪」の字はもちろん、「天」も1画目より2画目が長い中国の書体の「天」を書いているし、「窓」も中国の書体「窗」とごっちゃになって「心」の部分が「口」になっているし・・・。
インドネシアのベリル君の作文は「中古」と書くべきところを「二手」と書いている。これ中国語。「second hand」の中国語訳だ。
ベリル君もヨン君の隣に座っている。
恐るべし、中国の国際的影響力。
違うか?
さて、添削もあと残り2枚になったところで、ベトナムのトイ君の作文の最後に、紫のペンでこんなメッセージが・・・。
「先生はチェックをするからありがとう」
最後にこんなメッセージが書かれた作文は初めてだ。
日曜の休みの日の添削という苦労が報われる瞬間。

2015.11.01 Sunday
多文化共生と文化相対主義ということ
Y学院のK先生は言った。
「日本語を習っている人は、かつて日本の植民地だった国(と地域)の人が多いんです。中国でも日本語教育は北、旧満州(中国名は偽満州国)が盛んなんです」
旧植民地でかつての日本が行った日本語教育は正確に言えば日本語教育ではなく、国語教育。
つまり、自国の言葉として日本語を習い、「正しい」日本人となるための皇民化教育。
わたしは、多文化共生主義者でと文化相対主義者だから、日本語を教えるうえで、言語以外の要素を教えるのは、日本の社会と不要なトラブルを起こさぬように最低限のことだけにとどめたいと思う。
日本人はお辞儀をするのだとか、日本人はごみ箱に液体や液体が入ったままの容器を捨てたりしない(※注)とか・・・。
今まで中国で、学生は全員中国人相手にしか教えたことなかったけど、いろいろな国の学生が混じっている教室で教えていると、いろいろな発見があって面白い。
「あなたの国はどんな国ですか?」
自国に対しこう質問されたら「いい国です」という肯定的な答えが返ってくるものだと思っていた。
ところが、南アジアや中東の国の学生なんかは、冗談半分かもしれないが「悪いです」なんていう答えが返ってきたりする。
確かにこのあたりの国は、決して国民のモラルが低いとか、不親切と言うわけではないけれど、外国人がよく引っかかる詐欺のパターンを知っておくという最低限の自衛をしておかないと、人が良くてとっぽい日本人はいろいろ騙される。
内戦をしている国の学生もおり、やはり「いい国です」なんていう答えは返ってこない。
「Not safety、こわいです」
そりゃ、内戦状態(※シリアのように大国がそれぞれの思惑で介入し、さらに事態を悪化させている国もある)じゃ、「いい国です」とは答えられない。
こういうのを不用意な質問と言う。質問すべきじゃなかった。
さて、中国人だけの教室だと、休み時間になると学生同士は中国語で話をする。
当然だ。中国人同士だから中国語が共通の言語である。
ところが多国籍が入り乱れる教室は、他国の学生と話すのに英語や日本語で話している。
英語のみならず、日本語が彼らの共通の言語になる。
とても好ましい。
しかし、中国でしか教えた経験がない人間が、日本の多国籍が入り乱れる教室で教えるというのは、未経験者同然になるということであって授業準備に忙殺される日々・・・。
さらに先週は作文の授業があったので、クラス全員の作文を今週中に添削しなければならない。
いつ、大阪の新居に越せるんだか。
割に合わない仕事だ。
※注: ニュースで空港における外国人ツーリストのマナーの悪さを報道していた。
その一場面で、清掃員の目の前で缶ジュースの飲み残し、つまり中の液体をごみ箱に流して捨てている様子が映したものがあった。
レポーターが言う。
「清掃員の目の前で、ジュースの中を捨ててます」
液体をごみf箱に捨てる。この行為は中国の人にとってマナー違反ではない。だから、清掃員の目の前であっても、これっぽっちも悪いこととと思わずに、中国での習慣でしたことだ。
普通の中国人の感覚なら「ちゃんとごみ箱に捨てたじゃないか。 何がいけないんだぁ???」である。
「マナーが悪い」のではなく「マナーの不一致」である。
日本人だってかつては、欧米流のマナーを知らずに、海外で日本流を持ち込むことでひんしゅくを買っていた。バスタブの外で体を洗い、バスタブの周辺を水浸しにするとか、部屋着のままでホテルの廊下やロビーに出てくるとか。
かつての日本人は、バスタブの使い方が分からなかった。ホテルのマナーは旅館と同じではないということを知らなかったのである。
「マナーが悪い」と「マナーの不一致」。
偏見を助長させないために、マスコミはこの2つの言葉を使い分けてほしいと思う。

2015.10.18 Sunday
KAMOMEさんとエールの交換 ~ 在日本の新人講師
コンクールに入賞した作文の再掲ありがとうございます。
いやー、改めて読んでも高い知性を感じさせる文章ですね。
しかし、「小学校から受けた“歴史の恥を銘記せよ”という観念、テレビで絶え間なく放送される抗日戦争のドラマ、上の世代の深い怨念。それらは世論を作り出した。そして、今の若者を戸惑わせる。集団から脱落するのを怖がって、自分の考えを貫くより、皆に合わせて声を出すことを先に選ぶ。或は、真の日本を見ずに、誰かに作り出された日本を仮想の敵とする人は少なくないだろう」
という部分ですが、これはもう文化大革命の時代なら命を狙われる。
この部分は今の中国ではどう受け止められるんでしょうかね。
コンクールが日本側でやっているものだから、上位に入賞できたのでは・・・とも思ってしまいます。
さて、仕事のほうですが、
「朝6時半に起床、7時過ぎに家を出て、難波にある学校に着いたのは9時前だった。しかも地下鉄も阪神も立ちっぱなし。う~ん、疲れるわ、こりゃ」
とのことですが、わたしも6時に起床して、まだ慣れないものだから始業の30分前に学校に着くようにしています。
わたしも、通勤の行きと帰りだけでくたくたになります。
「きちんとしたテキストがあり、小テストも全部準備してくれる」
とのことですが、それはしっかりしていますね。
小テストの準備はどこまでですか?
学生の人数分のコピーは先生でしないといけないのでしょ?
わたし2つの学校で教えているのですが、一方の学校はしっかりしています。
きちんとしたテキストがあり、小テストも人数分のコピーは各先生がしないといけないものの、全部準備してくれてます。
非常勤の先生の定着率がいいということだと思いますが、非常勤の先生方のみなさんもレベルが高くて勉強になります。
宿題の採点など授業後の処理のための手当ても、きわめて少額ですが出ます。
新人講師の歓迎会も来月あります。
研修の内容は多文化共生とか、自立した生活者みたいな話ばかり(日本語講師30年と言うK先生はとても素晴らしい先生で、ユーモアもあり話は非常におもしろかった)で、実際の授業の具体的な話はほとんどなかったので、授業が始まると大わらわでしたが、授業を始めてみると、それぞれの国の文化を大切にするという学校の根本的な思想を感じ、自由な雰囲気も非常に好ましい。
当たりです。長く勤めたいと思う学校です。
もう一つの学校は、メインテキストが『みんなの日本語』なのですが、今はカリキュラムの都合で、きちんとしたテキストがなくて、全部市販のテキストのコピー対応(大いに著作権に触れてるぞ)で、そのコピーを先生が準備しないといけないので、それだけでてんてこ舞い(←「てんてこ舞い」なんて言葉久しぶりに使った)です。
さらに副教材のオリジナルプリントの作成まで要求されるうえに、テストも作成しないといけません。手当なしで。
そして、前期の学校と違い日本の文化に同化させようという思想がとても強い。
学生を自立した個人として見ないから、「答えを書くときは、ペンは禁止でシャープペンシルか鉛筆。答え合わせは、必ず赤ペンを使わせてください。」
学生は全員18歳以上の大人なんだから、そんなことどうでもいいじゃないと思う。
それぞれのやり方もある。中国人なんてほとんどみなボールペンで書くから、修正だらけの答案用紙は非常に汚くなって、先生としては採点しにくかったなぁ、なんて思い出したりして。
しかも青のボールペンを使う子も多くて、青に赤を入れるとこれまた見にくいものになる。日本人としては困る。
でもそれが中国の文化、やりかたでしょとも思う。
日本社会に同化させるというのも一つの考え方であり、一概に否定すべきものではありません(ごみの分別とかはすぐに覚えてもらわないと住民とトラブルになる)。
しかし、わたしは「かつての日本は植民地に対する日本語教育を通じ、その国の文化・宗教を否定してきた」という同化の負の面にこだわりがあるので、思想の根本的なところで違和感があります。
たぶんそんな方針(「方針」という大したものではなくて、多文化共生とか考えたことがないから、日本のやり方を強いているだけかもしれない)が大いに影響しているのだと思いますが、全体に雰囲気も活気が少ないです。
新人講師の歓迎会もありません。
学校にも当たりはずれがある。ここは契約期間が終了したら契約継続せずに、KAMOMEさんの教えている学校に応募してみようかな。
しかし、話を変えて、2校もいっぺんに講師を始めたものですから授業準備が忙しすぎて、先週、おおかたの荷物を新居に運び、電気の使用を申し込んで開通させ、そして、きのうガスを開通させたものの、電話とインターネットが工事待ちの状態ということもあり、未だ大阪の新居に移れていません。
大阪の新居に移れば、通勤はいずれの学校も1時間以上短縮されて、30分ぐらいになるので、この点はずいぶん楽になるのですが・・・。
では、おたがいに頑張りましょう。

2015.10.10 Saturday
誤読する読者様からの生コメント(笑)
とある読者様から、「あんた、350円の牛丼を留学生におごってもろたやなんて、あんなこと書きな。タイハオラ(太好了)やなんて。みっともない」とのご忠告をいただいた。
「みっともない」とは、これまたまったく異文化理解のない、そして文章の内容が全く読み取れていない、ずいぶん見当違いのご忠告である。
読者は誤読する権利がある。それは認める。
だから幼稚園児が、まあ幼稚園児には読めない文章だけど、仮に幼稚園児が読んだとして「牛丼おごってもらって、よかったね」と感想を言ったら、「うん。中国人は親切だね」と答えてあげる。それは幼児が、文章を論理的に読む力がない、そして自己中心的なものの見方しかできない存在だからだ。
しかし、大人がそう言ったら、国語力であるとか、他者に対する想像力(共感性)を疑わざるを得ないだろう。
日本と中国は異文化である。中国人の感覚では、食事に誘ったほうが金を出すというのがルールだ。中国人のメンツ(面子)と言ってもいい。まだ割り勘の習慣は根づいてない。
もし、食事に誘われたわたしがお金を払ったら、彼ら・彼女らのメンツをつぶすことにもなりかねない。
もちろん、ここは日本だから日本のルールに従って、年長者であるわたしが金を払ってもいいのだけど、まだ初級の日本語しかわからず、日本のマナーも十分理解していない彼ら・彼女らに、それを理解させ、さらに納得させるのは面倒である。日本人1に対して中国(台湾)人3である。ここは、素直に中国の流儀に従えばよい。
おごられたら次はおごり返すというのが中国の流儀でもあるから。
この読者様は、わたしが小学校の時、家族で焼肉屋に行って食事した時のことを書いた作文を読んで「“久しぶりに焼肉屋に行った”なんて書きなや。何でこんなこと書くんや。久しぶりやなんて、ウチが貧乏みたいやんか」と怒った。
何でと言われても久しぶりだから、久しぶりと書いたのである。
子供は正直なのである。
親の体面から、子供の作文の内容を規制する。それは作文指導という観点からいえば、作文を書くという意欲を子供から奪う最悪の対応である。
この読者様、難しい専門用語(と自分で思っている言葉)を覚えると、なにかというとその言葉を使った話題を持ち出して「わたしはいろんなことに興味があるからな」と自慢する。
だから、ひょっとしたら「太好了(タイハオラ、とても良い)」という中国語を知っていることが嬉しかっただけかもしれない。
でも完全に文章が読めていない。
牛丼350円をおごってもらったという直後の「太好了(とても良い)」だが、これを「350円の牛丼をおごってもらってうれしい気持ち」と解釈するのは完全に誤読である。
「あれを読んだら、誰でも、ええ大人が金のない留学生に牛丼をおごられて喜こんどるんやと思うやんか」
小学校3年生程度止まりの自分の読解力を世間一般にあてはめて、「誰でも」(極端な、過度な一般化)なんて馬鹿なことを言われては困る。
牛丼をおごられた喜びを書いた文章と解釈するのは、狭い範囲だけどわたしのブログの読者という範囲でいえば、ほぼこの読者様に限ったことだろうと思う。実際、文章の内容を完全に誤読した的外れなコメントもらったことはない。
もしあの文章の中心が、めったに牛丼を食べない、牛丼が非常においしかった、350円の牛丼を食べるにも事欠くほどお金がないという内容ならば、文末の「太好了」は、牛丼をおごられたことに対する「太好了」である。
ところがあの文章の中心はそんなことではない。この文章の中心は、日本人と中国人やベトナム人の、人と人との距離の取り方である。
大人の文章が読めるようになる小学校4年生以上の読解力があれば、文章全体から、牛丼をおごってもらったことに引っ掛けて(ダブルミーニング)、中国人の人付き合いの距離感の近さ、中国人の人懐っこさに対する「太好了」であることが読み取れるはずだ。
だから当然のこと、あの記事に対する海南島さんのコメントも中国人の人付き合いの距離感に対するものである。
ふだん本を読まないもんだから、あるとき「こういう本を読んどるからな。世の中の裏の裏までわかるんや」と言って、ロスチャイルド家がどうのこのといったユダヤの陰謀本を嬉しそうに見せてきた人である。
トンデモ本で有名な徳間書店の文庫本・・・。
「ユーモアならユーモアやとわかるような絵文字を入れたりしたらええのに」とも言われた。
これも自らが読書しない人であることを告白するような言葉であることに気づかない。
小説家が、いやそこらへんに転がっている本や雑誌、新聞でもいいけど、読者のために文章中に絵文字を使ったりしているかぁ?
わたしは絵文字や、(笑)(泣)(爆)といった短縮形の言葉を多用(多用だからね。使うなと言うんじゃない)した文章は、書き手の文章力のなさを暴露するようなものだし、文章に品がなくなるから嫌いだ。
自分の文章をうまいとは言わないが(でも、ときどきだけどギャグがさえていることがあるでしょ?)、なるべく平易な文章を心がけているし、これ以上品を落とさないように短縮された(笑)(泣)は局力避けている。
だからと言っては悪いけど、絵文字がないと文章から筆者(わたし)の言いたいことが読み取れないような読解力のない読者は想定していないのである。
そもそも、比喩表現がほとんど理解できない人だ。
だから四字熟語やことわざ・慣用句も言葉の中に隠された真の意味が理解できない。言葉の表面の意味だけを取る。
これらの言葉を使って話すと、たいていどこか不適切なピントのずれたことを言っている。
いや、そういう使い方をする言葉じゃないいんだけど、と正しい意味と使い方を教えると、「そら、屁理屈や」と言われるのでほっておく。
また牛丼と言えば、この読者様に「今日珍しいもん食べさせたるわ」と言って吉野家の牛丼弁当を出されたことがあった。
その日、生まれて初めて吉野家に入って牛丼を食べて味に感激したという。
本当に吉野家の牛丼を「珍しいもん」だと思っていたのだ。この読者様にとって牛丼は特別な料理なのである。
だから、余計に反応したのかもしれない。
事実を踏まえぬ見当違いのアドバイスはいつものこととは言え、今回はあまりに見当違いのご忠告(※注)なので、これをよい機会として、ちょっとは異文化に対する理解を広げたり、国語を勉強して大人の平均的な読解力をつける努力をしていただきたい。
ただでさえ「中国に遊びに行っとる」なんて誤解されていたのに、その上に次々誤解を積み重ねられたのではこちらも困る。
さて、これを読んだ読者様は、また文章の内容を読みとれずに、何かずいぶん見当違いな、トンチンカンなこと言って来るかな。
ユーモアだって分かるようにタイトルに(笑)ってつけておいた。
本当は怒っているのだけど…。
※おまけの注: つい最近も、行平(雪平)鍋を手にして、「これ、あんたが買(こ)うてきたもんやろ。これ、湯沸しやからな。これでお湯沸かしたらええ」と、わけのわからないアドバイスをしてくれた。
鍋のほうは確かにわたしが買ってきたものだ。でも、それは湯沸し(一瞬給湯器を思い出した。、そのあと、やかんや電気ケトルなどの湯を沸かす道具のことを言いたいのだと理解した)じゃない。鍋だ。煮込みに使う行平鍋だ。
何を言いたかったんだろう?


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