2014.03.14 Friday
中国のスーパーはケニーGで再見 〜 中国のJAZZ事情
藤岡靖洋さんの『コルトレーン――ジャズの殉教者』(岩波新書)を読む。濰坊から帰ったときに買ったまま本棚にしまって読むのを忘れていた本だ。本棚を整理していて発見。
↑ 私のいちばん好きなコルトレーンはやっぱりこれ「至上の愛」(1965年)
これは大変な名著である。
「全米の資料館、図書館での調査、実地検証、親類縁者、関係者へのインタビューを試み、ここに自分の足で稼いだ『事実』をもとにコルトレーン像を新たに構築できた」(あとがきより)ということだが、この本で構築されているのは新たなコルトレーン像だけではない。
ここで構築されているのは、コルトレーンが生きた時代のアメリカ現代史の一側面である。
ポピュラー音楽は、時代と無関係で存在できない。
本書は決して歴史の記述に深入りしているわけでないのに、読書中は頭のなかで、時代と時代の中のコルトレーンの生き様の二つが立体的に同時進行していく。
政治家や革命家の評伝ならばこれは当たり前だが、ミュージシャンの評伝でこれを成功させた例をわたしは知らない。もっともこれは私の読み方なので、夏目漱石の『吾輩は猫である』や『坊ちゃん』がそうであるように、読み手の興味関心次第で様々な発見が可能だろう。
藤岡靖洋さんの手腕は見事と言うほかはない。
一枚一枚の写真につけられた詳しい解説にも驚く。キャプションなんていう生易しいものではない。写真の出典までも丁寧に記されている。
ロバート・フィリップもかくやと思わせる偏執狂ぶりで、一つ一つ丹念に事実を検証しながらペンを進めるさまは、小保方たんのコピペ論文とはまさに対極である。
わたしだけでなく、多くの読者にとってもこれは全く新しい読書体験になるのではないかと思う。
さて、マクラが長くなってしまったが本題は中国のジャズシーンである。
中国のジャズシーンと言えば上海なのである。
上海に租界(外国人居留地)があった時代、日本人がもっとも身近に本場のジャズに触れることができたのが上海だ。
映画にもなった「上海バンスキング」は知っている人も多いだろう。
平岡正明は「日本のジャズの起点は上海なのである」(『日本人は中国で何をしたか』潮文庫)と言っている。
当時、と言っても年代が書かれていないので詳細はわからないが、同じく『日本人は中国で何をしたか』から引用すると当時の上海の人口は「三百万、そのうち三分の二が、フランス租界、日米英伊独などの共同租界に住んでおり、ヨーロッパ人が三十六万人、アメリカ人が四千人いた」。
今でも和平飯店なんかで年季の入ったじいちゃん中心のジャズバンドの演奏が聴ける。
ちなみに日本人にピアノの製造技術を伝えたのは中国人華僑である。
明治時代、欧米の技術はすべて欧米人から学んだように思ってしまうがこれは誤解である。
洋裁の技術も「上海テーラー」と言う言葉があるように、上海出身の人を中心とした中国人華僑を通じ日本に入ってきたのだ。
さて話をジャズに戻して、濰坊と深圳のジャズシーンはどうかと言えば、濰坊はもちろん深圳にもジャズシーンはない。以上終りなのである。
濰坊の町にジャズは似合わない。濰坊にいるときはほとんどジャズは聴かなかった。
ジャズのCDなんかも何だかつまらない通俗的な曲を集めた海賊盤がなんとかみつかるくらい。濰坊では1枚もまともなジャズのCDは発見できなかった。まともなジャズのCDといえば深圳書城(ばかでかい書店)でマイルス・デイビスの「カインド・オブ・ブルー」を見つけたくらい。
コルトレーンの「至上の愛」も、ビル・エバンスの「ポートレイト・イン・ジャズ」もソニー・ロリンズの「サキソフォン・コロッサス」も見たことない。
まあ、ロックも深圳でさえついにレッド・ツェッペリンもザ・フーも一枚も見なかった。
でもピンク・フロイドはムード音楽的に聴けてしまうのが受けるのだろう。ピンクフロイドは探せばある。
中国の人にとってジャズは、おしゃれなBGMと言ったところではないかとおもう。日本人のように小難しい理屈をこねながら聴くようなことはないのだ。
通俗的な曲を集めた海賊盤しかジャズのCDが見当たらない現状からそのように思うのである。
話はすこしそれるが、『ジャズガイドブック』(内藤遊人著・ちくま新書)などという本も本棚にあった。
「ジャズは気分だ! 雰囲気を楽しむ音楽だ!」だそうで、この本が内容のない駄本であることを自ら告白しているような言葉だ。
いつどこで買ったのか忘れたが105円の値段シールが張られている。
さて、残念ながら、いや、まあ人の趣味だから別にかまわないけど、中国ではジャズは気分だ! 雰囲気を楽しむ音楽だ! という感じで消費されているのが現実のようだ。
そんなわけで、ジャズは、気分と雰囲気で聴ける小野リサとケニーGはえらく人気があり、海賊盤CDを頻繁に見かける。
中国で一番人気のある日本人歌手は実は小野リサである。
しかしケニーGも小野リサも、ジャズに分類してもいいのかな?
ケニーGなんかは、リチャード・クレイダーマンと同様イージーリスニングが適当か。リチャード・クレイダーマンも中国でいまだ人気あるみたいだなあ。
中国って、欧米や日本で「あの人は今」みたいな存在になってしまった人がもてはやされていたりする。
それで深圳の地下鉄の構内にフリオ・イグレシアスのコンサートのポスターがでかでかと貼られていたりするのである。
もっともこれは日本のジャズシーンも似たようなところがある。
中国のスーパーはどの店に行っても、さよなら音楽は同じ曲が流れる。濰坊でも深圳でもそうだ。日本のスーパーのさよなら音楽と言えば「蛍の光」。
もちろん中国のスーパーは「蛍の光」ではない。
中国ではケニーGの「ゴーイング・ホーム」(原題は「GOING HOME」、中国語では「回家」)なのである。
2012年、ケニーGの中国は深圳での公演の際のこの曲の演奏がアップされていたのでリンクを貼っておこう。
「謝謝、thank you」なんて言っている。
うーん、中国って・・・と思わせるシンプルと言うか貧弱なPA装置や舞台演出とともに演奏を楽しんでもらいたい。
コルトレーンの音楽と違って、あっ、そろそろ閉店だからレジに急がなきゃと思わせる・・・わたしにとって、ただそれだけの曲であり演奏である。
そんなはずだったのだが、動画を見ながら、商業的にはよくできた曲だなと感心したことも告白しておこう。
ケニーGの「ゴーイング・ホーム」。中国で最も頻繁に耳にする曲の一つである。
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