2015.06.12 Friday
【対談】わたしたちは元少年Aの『絶歌』を読みたい
わたし、今月で契約終了で帰国。
そのためにしないといけないことを整理したり、後期の試験をつくったりして、ちょっと自分のブログのほうを更新するパワーがダウンしております。
ちょっとパール・バックは休んで、今回は、『hainanshifandaxuenakaのブログ』の記事とコメントを勝手に無断引用(パクリ)、編集させていただき、わたし(常州)とhainanshifandaxuenakaさん(海南島)による、元少年Aの『絶歌』をめぐる対談にしてみました。
まあ、いいから二人の話を聞け。ただし、劇薬・危険です。
何に効くか? それは言えない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
海南島: 太田出版が発行した神戸の少年Aの手記について、わたしは切実に読みたいと思う。
出版自体が遺族の方々には苦痛であるとしたら、真っ当に市民生活をこつこつ営んでおられる人々が不愉快であるから、出版を望まれないとしたら、「日本は言論自由の国なのだから読みたい奴には読ませろ」と主張することはしない。
いっぽう、なぜあの事件が起きたのかを、今なお知りたいと思うワタクシも、いる。
常 州: わたしも読みたいんです。わたしはここで思い切って、「日本は言論自由の国なのだから読みたい奴には読ませろ」と主張しちゃいます。
そんなに「被害者の家族の感情を」と言うのなら、少年Aを死刑にしろって言えばいいんじゃないかと。でも言えないでしょ。
誤った情報で被害者の家族の名誉を棄損するものでない限り出版の自由はある。
それが、法治社会なんです。
海南島: 神戸の少年Aの手記の出版に、反対する人の気持ちはわかる。でも、それなら……とも、思うんです。
遺族の心理を傷つける書籍があるとするなら、事件後すぐに出版された君和田和一や佐川一政のほうがよっぽどひどくて極端だと思う。
常 州: サカキバラ事件は、犯人の少年Aが当時14歳だったということでも世間を震撼させました。とりわけ教育界に与えた衝撃は大きかったはずです。
教育界を震撼させた、神戸でおきた事件は、ほかに1990年の神戸高塚高校校門圧死事件があります。
この事件は、女子高校生を圧死させた細井敏彦教諭本人の手記『校門の時計だけが知っている ― 私の「校門圧死事件」』が出版されてますね。
細井敏彦という人は、あまり知的な人でないことがわかっただけのヒドイ内容の本でしたけど、海南島さんはお読みになりましたか。
海南島: 神戸高塚高校の校門圧死事件は1990年だから、もう25年ですか……。
たしかに『校門の時計だけが知っている』は加害者の手記でしね。
職員会決定をきちんと守ったら事件は起きた。そういうように読めてしまう書籍でした。
ただ書籍にも書いてないし、誰もそのことについて言わなかったけど、彼が所属する兵庫県高等学校教職員組合は、組織の総力を挙げて「職員会決定を守った結果だ」主張に寄り添う。そして、細井氏を守る。
それをせめて“検討”ぐらいしたんか、というモヤモヤは、残りました。
「一高校の、一教諭の起こした事件だ」という北海道の教育委員の態度もひどかったです。
書籍の後半は、退職していろんな仕事を転々としたが、どこへ行っても「あっ、細井だ」と言われて職がだめになる、という泣き言でした。
絶版、回収にするほどの書籍でもなかったのでしょう。
常 州: さて、『絶歌』ですが、Amazonのレビューが異常なことになってます。買ってもない、読んでもないのに「出版するな」のバッシングで大炎上しています。
そして、元少年Aのもとに多額の印税が入ると非難している。仕事して稼ぐ。自立した大人として当たり前でしょ。
みんな印税のことがひどく気になるみたいで、まったく品性下劣というか・・・。
海南島: 読みもしないでレビューを書くというのはどんなもんなんでしょうねぇ。
常 州: わたしは、非常に怖いことだと思ったんですよ。そして、まるで文化大革命のときの紅衛兵のようだと思った。
紅衛兵は、実権派(走資派)を打倒せよという毛沢東の号令を後ろ盾に反革命分子、走資派(実権派)を見つけ出しては公開処刑し、資産家の家を襲った。造反有理です。それは毛沢東の意に沿ったことである限り、絶対に正しい正義だった。
だから、誰も紅衛兵の暴力を止められなかった。
この『絶歌』という本も、“遺族感情”という誰もが反対しづらい大義名分がある。正義がある。
その正義を背景に、著者である元少年Aと出版元の太田出版に対する、品性や品格・良識を装いながらも、ちょっと、わたしなんかはそれを疑いたくなる感情的な非難があふれている。
まさに、地獄への道は善意で敷き詰められているのだと思いました。
『絶歌』を読みたいと公言するわたしたちは、世間から見ると完全にヒトデナシなんでしょうね。
海南島: ある時期、わたしの“話題”というと、ずっとサカキバラ事件のことだったんですよ。
滝川市内(北海道)の居酒屋さんで、
「あの少年の犯行を生み出したのは、異様な好奇心と少年が積んだ実体験の“アンバランス”です」
とおっしゃったのは、青森を拠点に活動される一人芝居の俳優・愚安亭遊佐さんでした。
自分自身の過去の行動の不可解さに悩んでいた私に、貴重な考えるヒントを下さった愚安亭さんのこの言葉を、おそらくわたしは死ぬまで忘れないでしょうね。
常 州: 好奇心と実体験のアンバランスですか。ああ、なるほど。
海南島: この言葉は、このようにも言い換えることができるでしょう。
“すべての年少者は、ある時期、自らの肥大した好奇心と、与えられる体験の少なさに悩み、時に絶望することがある”とね。
常 州: ますます、分かりやすいですね。
海南島: それは、勇気を持ってこのように整理できます。
「人生のある時期、すべての人間は神戸の少年“A”である」
だから、人生の質にこだわりを持つなら、人生の早い段階で「神戸の少年Aであるワタクシ」をコントロールする覚悟を決めないといけない。
その覚悟は少年本人にも必要だし、言うまでもなくその家族に必要なんです。
常 州: おお、「人生のある時期、すべての人間は神戸の少年“A”である」「神戸の少年Aであるワタクシ」。名言ですね。ロック・ミュージシャンの大槻ケンヂは、サカキバラは自分だって言ったんですよ。
精神科医の香山リカは、神戸芸術工科大学で教えていたんですが、何かの本で、「かつて、サカキバラ事件を当事者として受け止めた若者がたくさんいた。しかし、今は当事者意識が消え、神戸の大学生に感想をきいても“犯人はひどい”“おそろしい”といった感想しか出てこない」と書いてました。
わたしは、この当事者意識のない今の日本の現状はとても危険だと思うんです。
さきほどの、校門圧死事件に対する北海道の教育委員の当事者意識のなさにもあきれましたが。
海南島: 被害者ではない、被害者の親戚でも知人でもない、かつてこの事件に自らを投影しなかった、投影する必要があるとも思わなかった「普通の人」が、今この書籍の出版を憎悪するのは危険です。
その危険を「判断停止の典型的なネット病」と言い換えてもいい。そして、それは自覚することがない傲慢(ごうまん)です。無自覚な傲慢ほど始末の悪いものはないんです。
「そんなバカな」という人がいるかも知れないが、バカではない。
それがバカでない証拠を、今になっても連続する幾多の猟奇事件が証明しているじゃないですか。
常 州: ええ、まったくその通りだと思います。殺人の動機が「人を殺してみたかった」。そんな事件が毎年のようにおきてます。
自分の中にある心の闇や狂気を否定すること。そして、傲慢で当事者意識がないのは本当に危険だと思うんです。
今、どうも都合の悪いことが起きると、自分を安全圏に置いたうえで悪者を見つけて一斉にバッシングする。
その風潮が、わたしはとても恐いんです。とくに日本は中国と違って、自発的な同調圧力が大変強い国ですから。
あっ、ちょっと話はそれますが、東京電力のOL殺人事件というのがありました。夜な夜な街頭に立って売春をしていた東京電力のエリートOLが殺されたという事件です。
この事件も、男社会の中で、女であることを殺して仕事をしなくてはならないOLから「あれはわたしだ」という声がたくさんあったそうです。これは、上野千鶴子さんが言っていたのかな。
女であることを、闇の中で、あるいは歪んだ形でしか確認できない女性がたくさんいたということですね。
ところで、わたしは、元少年Aが手記を出すというニュースを見て、永山則夫という名前を思い出したのですが。
海南島: 永山の『無知の涙』は……これも加害者の書籍か。
常 州:『無知の涙』は全共闘の支持を集めベストセラーになりました。
作家としての永山則夫の重要作は、第19回新日本文学賞を受賞した小説『木橋』でしょうね。(←読んでないくせに、まるで読んだように書く、嫌なヤツ)
海南島: 彼は、希望を与えられたり奪われたりして、最後は刑を執行されてしまった。しかし。少なくとも「出版するな」という大合唱は起こりませんでした。
日本人のセンスが、あるフェイズ(局面・段階)においてどんどん劣化しているということでしょう。
常 州: 日本人のセンスが、あるフェイズにおいてどんどん劣化している。
それ、とてもいいまとめですね。わたし、全面的に同意します。
【おわり】
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Comments
ありがとうございます.大変な労作ですね。実に、実に、chinamychinaさんに出会えたというだけで、ブログを立てて漂流しながらここまで来た、そのかいがありました。
香山リカさんの、そしてchinamychinaさんが指摘しておられることは、これからも危険の度合いを増すんでしょうかねぇ。
それにしてもこの対談、おもしろいい! もう危険なほどおもしろい! こういう風に整理されると、もやもやしたままで自分の言いたいことが良く整理できなかった、その部分までがよくわかりますね。
今回、私の知らなかった言葉、知らなかった事象が、情報として私の中に入ってきました。
日本は,自発的な「同調圧力」の強い国である。
その国で「危険な奴だ」と思われないで暮らすためには、そしてストレスに自己崩壊しないためには、判断停止を呈するより、なかったのかもしれない。
とにかく今回の対談に出演させてくださって、ありがとうございました。私はもう63歳ですが、「同調圧力」を笑い、軽蔑し、揶揄し、その危険さを訴え、生きていこうと思います。
今、私は自分のブログに、敵対する意見を下さる方を待っています。
それを読んで瞬時にヒステリーに陥らずに落ち着いて返信できるかどうか、それをお見せすることで、恩返ししたいと思います。オジンだって成長するのだ。
あ、でも、そういう人が読んでくれないと、まず始まらないんだなぁ……。
Comments
「労作」なんかじゃないですよ。
わたし、元編集者だから、原稿さえあればあとはどう料理するか考えて、そして文章を切り張りしながら、対談の体裁に整えれば一丁上がり。
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