中国に絵葉書はない　　　　　　　　from 大阪 JAPAN

2015.05.17 Sunday

中国の一人っ子政策～出生をめぐるあれこれ２

わたしが初めて中国に赴任したのは、3年前。山東省の濰坊という町にある、実習生（研修生）の送り出し機関の日本語教育部門。
もちろん中国のことは何も知らなかった。

授業を初めると、実習生たちにいろいろな質問をすることになる。
「あなたは○○ですか？」という文を教えたら、「あなたは中国人ですか？」と質問する。
「これは、○○です」という文を教えたら、鉛筆を持って「これは何ですか？」と質問する。

「兄弟は何人いますか？」
日本語教科書でみかける、ごく初級の日本語だ。
中国じゃあ、あまり意味のない質問だと思っていた。
中国は一人っ子政策だから、兄弟はいないし、いたとしても例外だと思っていたから。
でも、教科書にあるので実習生に質問した。
「兄弟は何人いますか？」
すると、「○人います」と答える実習生が結構いる。

あれ？　中国は一人っ子政策だから、よっぽど特別な事情を除いて、みんな一人っ子じゃないの？

日本人のＹ先生に聞いてみた。
「一人っ子政策は、いろいろ規定があるのよ。農村部では違ったりして」
なるほど。実習生として日本に出稼ぎに行く子は、多くが農村部の出身だ。

兄弟のいる実習生で、実際の年齢と戸籍上の年齢が違う実習生がいたりした。
農村部では１人目が女の子であった場合は、４年の間隔をあければもう１人までは出産が認められたりするから、４年の間隔になるように、戸籍を操作したのだろう。

さて、なぜ兄弟・姉妹のいる中国人が多いのか？
結論から言うと。中国には一人っ子政策はない!? からである。
「一人っ子政策」（独生子女政策、一胎化政策、一孩政策）という言葉は俗称。
正しくは「計画生育政策（计划生育政策）」である。

「现行计划生育提倡一对夫妻生育一个子女，因此又称为“独生子女政策”、“一胎化政策”或“一孩政策”」（维基百科「中华人民共和国计划生育」）。

日本語版ウィキペディアの一人っ子政策の記述「一人っ子政策（ひとりっこせいさく、中国語: 一孩政策）」は不正確。
「一孩政策」は、一人っ子政策の正式名称であるかのように誤解させる。

つまり正確に言うと、中国の人口政策は「計画生育政策」であって「一人っ子政策」ではない。
　
夫婦の一方が一人っ子である場合とか、少数民族の夫婦とか、第二子が問題なく認められる条件もいろいろある。
「允许生育第二个孩子的常见情况有：
　・第一胎为无法成长为劳动力的非遗传性残疾儿；
　・再婚夫妇合计只有一个子女；
　・夫妻一方为独生子女（单独两孩）；
　・农村夫妇只有一个女儿（一孩半，适用于19省份，直辖市和江苏、四川除外；
　・海南、宁夏、新疆的农村夫妇；
　・云南（大中城市郊区、人口稠密或者生态恶化地区从严）
　・青海的农村困难户；
　・自治区和一些省的少数民族夫妇（壮族有时除外）
具体生育政策由省级人大常委会制定，各省份之间有一定差别。新疆的少数民族农牧民、青海少数民族牧民可生育三个子女，西藏农牧区提倡最多生育三个子女。」（维基百科「中华人民共和国计划生育」）

中国の人口政策は計画生育政策であり、一人っ子政策ではないから、兄弟・姉妹がいても不思議はないのである。
　　

「計画生育政策」の法的根拠を見てみる。

まず憲法。「計画生育政策」は憲法の第五十三条に“国家提倡和推行计划生育”との規定がある。
国家は計画生育の提唱と推行をするということだ。
　　　　　　　　　
次に法律。２００２年に施行された「中华人民共和国人口与计划生育法」（中華人民共和国人口与計画生育法）がある。
計画生育政策が俗に「一人っ子政策」と呼ばれる理由は、第１８条の規定にある。
「提倡一对夫妻生育一个子女；符合法律、法规规定条件的，可以要求安排生育第二个子女。具体办法由省、自治区、直辖市人民代表大会或者其常务委员会规定。」（维基百科「中华人民共和国计划生育」）
ひと組の夫婦には一人の子供を提唱する、ということだ。一人っ子を提唱しているが、強制はしていない。
そして、法律や法規の規定などの条件が許せば第二子をもうけてもよいとある。
具体的な実施に当たっては、中国全土統一ではなく、各省や自治区、直轄市人民代表大会や常務委員会が規定するのである。

この中国の「計画生育政策」を、右翼が「中共の御用新聞」と呼ぶ朝日新聞も含めたマスコミが、俗称である「一人っ子政策」という用語をまるで正式な名称のような扱いで使っている（※注１）。

また、法に反して第二子をもうけたい、あるいは、もうけた場合は、「罰金」を払わないといけないということも知られているが、「罰金」という言葉も不正確。確かにかつては「超生罰金」といったが、今はそうではない。
今は「社会抚养费」（社会扶養費）である（※注２）。

さらに、違法な出生のため戸籍を持たない人を「黑孩子」（黒孩子、ヘイハイツ・ヘイハイズ）というが、これも俗称。
黒孩子と言っても、意味が分からない学生がいる。
中国人の先生に「黒孩子は正確な名称ではありません。正しくは“黒戸(heihu)”です」と指摘された。
なるほど、黒孩子が分からない学生も「黒戸」と言えばすんなり理解した。
科学的、学問的であろうとするなら言葉（用語）には十分な注意を払い、正確に運用しなければならない。
よって、いっさい「黒戸」という言葉への言及がない、ウィキペディアの「一人っ子政策」「黒孩子」の説明は不正確である。

日本や欧米各国は計画生育政策計画生育政策を、人権の面からのみ非難する。
しかし、これ、根本は人権問題ではなく、人口問題なのである。
中国が「計画生育政策」をとっているのは、人口が増えすぎるがゆえに様々な国内問題の解決が追いつかないということがあった。

人口問題ということは、富の分配という経済の問題であり、食糧問題であり、土地・住宅問題であり、資源の問題であり、環境問題であり等など、さまざまな問題を含んでいる。
爆発的な人口増加は社会の発展の阻害要因となっている。
　　
　　↑ 計画生育で「生活幸福」「生産発展」「社会進歩」

中国の人口問題は、他人ごとじゃないよ。
経済をますます発展させている中国だから、爆発的な人口増加は、やがて世界の食料や資源は、どんどん中国に持っていかれるということだ。

そして人権の問題は、中国の人口政策の負の側面として生じた問題だ。
根本の問題である人口問題を不問にしたまま、人権のみで「一人っ子政策」を非難するのはあまりにも無責任な話じゃないか？
しかも、ピント外れの不正確な用語を使って・・・。
しがない小日本人だけど、この点はちょっと大中華様の政府に同情してやるよ。

中国の計画生育政策を、読者の誤解を招く不正確な用語（俗称の「一人っ子政策」「黒孩子」や、罰金）を用い、人権問題としてのみ扱うマスコミの報道を見ると、一人っ子政策は中国に対する誤解と偏見の最たるものの一つだと思う。

そして、「一人っ子政策」という言葉は分かりやすいけど、少なくとも朝日新聞などの高級紙は「高級」なんだから、「一人っ子政策」に比べて分かりにくいが「計画生育政策」という正確な言葉を使って、「高級」な読者に「高級」な頭を使わせたらどうかとも、低級なわたしがエラソーに思ったりもする。

※注１：「一人っ子政策―中国国民に選ぶ権利を」朝日新聞デジタル、2014年１月16日。冒頭で「地球は中国人でひしゃげてしまうじゃないか」と、莫言の小説の一部を引用しながらも、人口問題を人権問題にすり替えているため、ひどく強引かつ粗雑な論理展開で、無責任な文章だと感じてしまう。小説の引用箇所を間違えてないか？
※注２： （社会扶養費とは）一人っ子政策に伴う、政策違反で徴収される行政罰金のことである。有名映画監督張芸謀の一人っ子政策違反生育事件で物議を醸し、「単独二胎」などの新政策で一人っ子政策が緩むにつれて、社会扶養費の徴収を廃止すべきではないかという声がだんだん上がってきている。社会扶養費は徴収主体の自由裁量権や罰金基準と使途が不明瞭なこと、各省間の巨大な格差の問題などで非難の的になっている。（『日中語彙研究』第４号（2014）趙蔚青　Zhao Weiqing　西安交通大学外国語学部准教授）

【付　記】中国の人口問題については、『現代中国の人口政策と課題』王亜新（立命館大学）を読むとよい。ＰＤＦで全２１ページ！。わたしもまだ、ざっと目を通しただけです。
わたし、子どものころは日本も人口がどんどん増えていた時代だから「人口爆発」なんて、世界の人口問題を深刻な問題として勉強したけど、今の日本は少子化だから、人口問題の勉強ってどうなっているのだろうか？