2012.04.25 Wednesday
日本語は難しいですが、おもしろいです
石原慎太郎の「尖閣諸島を買い取る」という発言は、当然こっちでもニュースになっている。
今のところ、私にとって不都合なことは起きていない。食事によくいく店が3軒ある。どの店も、あいかわらず笑顔で「你好!」と挨拶してくれるし、おかずをちょっとサービスしてくれたりする。
もっとも、お店の人が私を日本人と認識しているかよくわからない。韓国人と思っているかもしれない。
☆ ☆ ☆
「日本語を話したい」というのは、海外で外国人に囲まれて仕事をする日本人に多い悩みである。
日本語教師という仕事はその点恵まれている。こっちは日本語を話すのが仕事なのである。日本語を話したいというストレスは発生しようがない。
前にも書いたが、私の職場は日本へ技能実習に行く実習生のためのトレーニング・センターである。実習生たちは4か月、ここで日本語を勉強して日本へ旅立つのである。
たった4か月の学習期間なので、実習生の日本語は本当に初級レベルである。日本語を話したいというストレスは発生しないが、別のストレスがある。
実習生や中国人の先生相手だと、ネイティブどうしではないので、自然な日本語が話せない。
テキストにも「私はカメラがあります」「私は自動車があります」などといった例文がある。自然な日本語は「私は〜を持っています」だろう。しかし、「持っています」という言い回しを使えるようになるためには、動詞の活用を習わなくてはいけない。
動詞の活用を習ってないうちは「あります」を使うのだ。
誤用が多いので訂正してやらねばならない。
「先生。私はトイレに行ってもいいですか?」
思わず、「はい。あなたはトイレに行ってもいいです」と言いそうに・・・ならない。
〈て形(※)+もいいですか〉の場合、「わたしは」はいらないと教えておいてから、トイレに行かせる。
語彙や文型も初級相手なのでかなり制約される。
「あたり前田のクラッカー」(死語)
「ごめんくさい」
「今日はこのへんで勘弁しといたろか」
とは言えない。それぞれ、
「はい。それは当然のことです」
「ごめんください」
「今日はこれで終わりです」
と言わなくてはいけない。
吉本新喜劇を見て育った関西人にはややつらい。
実習生の学習期間4か月は短い。私が中国へ来てまだ3か月に満たないというのに、もう2クラス分の実習生たちを日本へ送り込んだ。
先週から2クラス分の実習生たちが新しく入ってきた。
新しい実習生には、
「あいうえお。かきくけこ・・・・・・」
「この発音は‘あ’です。あ、あ、あ、あ、あ」
「‘あ’の書き順は、イチ、ニー、サン」
などと、授業をしているのだ。とにかく日本語で教える。
何だかこう書くと、日本語教師なんて、ちょっと胆のすわった小学生でもできそうだが、それなりに教育学や言語学の知識や教授法のテクニックも必要なのだ。
私だって、このブログではアホのフリをしているが、実は四大卒の学士であって、合格率20%でそこそこ難しいといわれている日本語教育能力検定試験にも合格しており、難解かつ高度な社会学、教育学、心理学、国語学、言語学の知識とインテリジェンスを備え、さらには・・・・・・・(以下省略)。
日本に来て日の浅い技能実習生に「日本語はどうですか?」と聞くと、かなり高い確率で「(日本語は)難しいですが、おもしろいです」という答えが返ってくるはずだ。
このフレーズは、技能実習生たちの間では非常に高いシェアを持つ『新日本語の基礎』(スリーエーネットワーク)に頻繁に出てくる。(このテキストは中国語版をはじめ各国語版が出ており世界各地で使われている。)
だから、ウチの実習生たちは日本語というと、みな判で押したように「難しいですが、おもしろいです」と言っている。
日本語の勉強にすっかり敗北したような実習生でもこう言う。
本音と建前を使い分けているのではない。
「難しいですが、おもしろいです」
これしか知らないのだ。
↑「(日本語は)難しいですが、おもしろいです」(『しんにほんごのきそI』外語教学与研究出版社、中国・北京)
※て形: 用言の活用形のひとつ。日本語教育の場合、行くを「辞書形」、行きますを「ます形」、行かないを「ない形」、行ってを「て形」として教えることが多い。
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Comments
日本語教育のことはわかりませんが、「て形」というのは初めて知りました。これ、非常におもしろいです。というのも、最近のわかいひとの論文や原稿やその他を読んでいると、ことごとく「て」が抜けているのですよ。たとえば、「彼は勉強し就職した」みたいに。わたしの感覚だと、「彼は勉強して、就職した」のように、「て形」および読点を用いたいところなのですが、そうはならない。そういう書き手がすごく多い。にもかかわらず、日本語教育では、しっかり成立している、というのが、なんとも不思議な感じでした。そしてもっと不思議なことは、検閲でリンク先の記事を見ることができないにもかかわらず、日本から見るとすべてのリンクがちゃんと張られている、というこの事実! さすがアニキ!
Comments
コメ、謝謝。
お礼に『天変動く―大震災と作家たち』をRecommendに入れときました。
助詞の「て」を抜いて何とも感じないというのは、言葉に対する感じ方が変わってきているということでしょうか。
「て」を抜くのは、例えば、「遅刻だ。彼はベッドから飛び起き、顔を洗い、着替えをし、家を飛び出た」のように、人物の行動や情景描写をする場合に、スピード感を持たせるため文学的な技法としては成立するのですが、論文の類で「て」を抜くと、気持ち悪いと感じるのが日本語における普通の言葉のセンスだと私も思いますよ。
でも、気持ち悪いと感じる人が少なくなっている?
「遅刻だ。彼はベッドから飛び起き、顔を洗い、着替えをし、家を飛び出た」
「遅刻だ。彼はベッドから飛び起きて、顔を洗って、着替えをして、家を飛び出た」
の2つを見せても、「一緒じゃないか。どう違うのか?」と思うのかな。
日本語教育は文法に関して、きわめて論理的で一貫性を持たせた説明をするので、しっかり「て」をいれます。
リンクに関しては、まあ、すべて確認しているし、逆にダ××・××なんかはこっちで接続が切断されると「ああ、ちゃんとダ××・××にリンクされているようだ」と判断してますよ。
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