2015.08.20 Thursday
就活の合間に,ワンティンを聴きながら読書する
中国の大きな書店に入ると,日本の書籍の翻訳物の多さには本当に驚かされる。
目立つのは村上春樹,東野圭吾,稲盛和夫(稲盛和夫。この人,そんなにすごいのか?)なんかだけど,『断捨離』や『バカの壁』だってある。
『枕草子』や『源氏物語』も平積みで置かれているのには大いに驚く。
春はあけぼのなんて,いかにも島国・日本的な自然描写だけど,大陸中国の人は理解できるのか?
源氏物語なんて日本人でも難しい。そもそも面白いか?
高校の古文で,そして大学入試に出題されるから無理やりにいやいや読んだ物語だから面白いと思ったことはただの一度もない。
みんなそうでしょ? 面白くないでしょ? そうだと言ってくれ。
◆『日本は中国でどう教えられているのか』(西村克仁著・平凡社新書)
神戸市立三宮図書館で見つけ借りてきた一冊。
中国で働く日本語教師はいうまでもなく,中国人に囲まれて生活している中国駐在のビジネスマン,留学生必読の書だと思う。
著者の西村克仁先生は,同志社香里中学・高等学校社会科教諭で2006年4月より1年間中国政法大学に留学し中国の教育の現場を見てきた人である。
中国の歴史教科書で日本はどのように教えられているのか。またそれは入試(高試)など試験ではどのように出題され,どのような模範解答が用意されているのか。そして日本の教科書ではどう記述されているのか。
著者は客観的資料を読者に提示することで,主観的判断を注意深く排除しながら中国の歴史教育の実態を伝えてくれている。
日本では,中国では愛国教育という名の「反日教育」が行われているということが半ば常識として通用している。実際にどのような教育が行われているのか,具体的なことを何も知らないのにである。
中国では愛国教育という名の「反日教育」が行われているのか?
まずはこの本を読んでから判断してほしいと思う。
著者の西村克仁先生は,社会科の教師として中立的であろうという立場を明確に宣言しつつ,自身は日本人だから中国人と自身の歴史認識は意見を異にすると認めつつも,読者が一方的な判断に陥ることがないように,慎重に言葉を選びながら,読み手から能動的な判断を引き出そうとしている。
正しい答えはない問題です。答えはあなた自身の頭で考えてくださいというのが,西村先生のスタンスであろう。このあたりの手腕はさすがに現場の教師だと思う。
そんなわけで,この本を読んで,やっぱり反日教育が行われていると感じる読者もいるだろうし,そうとは言えないと感じる読者もいるだろう。
この本では著者が接してきた中高生の意見が多数引用されている。
著者は,「中国政府の意図はどうであれ,彼ら彼女らの意見は驚くほど純粋である。どのような歴史認識であれ,こうした中国の若者に対して我々は真摯に答えられる言葉を持っているだろうか」と読者に問いかける。
ときどき,中国人の「日本は過去の歴史を反省していない」という中国人に対し,多くの中国人が知らされていない,中国の教科書に(おそらく)書かれていない,戦後の日本はODAをはじめ多くの援助を中国にした(現在もしている)といったといったことを持ちだして反論し,相手を黙らせたという話を目にすることがある。
そのような話をするなとは言わない。
しかし,わたしは生徒・学生という立場の相手を説得するやり方として,相手の無知,空白部分をついて,相手を自分の土俵に上げるこの論法はちょっと卑怯な気がする。言葉は悪いが大人げない気がする。一方的な知識の押しつけは対話になってない気もする。
まず第一に,日中双方が認識している歴史やできごとの土俵にのって,もつれた糸をほぐす対話の言葉を模索する努力をするべきだと思う。
そこから出てくる言葉こそが,中国の若者に対して「真摯に答えられる言葉」であろう。
中国で日本語教師をしている人にとっては目の前にいる学生が,中国でビジネスをしてる駐在員にとっては今目の前にいる中国人が,中学校・高校でどのような歴史教育,愛国教育を受けてきたのか。この本は,日本人と中国人の歴史認識のズレはどこで起きているのかを知るための入門書として最良のテキストであると思う。
ところで,なぜ『源氏物語』が中国の書店に平積みされているのかと言う疑問がこの本を読んで氷解した。
日本文化と日本のアニメーション芸術が大好きな陳君と言う生徒の「日本の友人たちへ」という長い手紙の中にこのようなことが書かれていた。
「中国と日本には友好と往来の伝統がある。(中略)紫式部は中国古典文学を愛し,かつ努力して学んだ。その結果世界一の長編小説を書きあげた。『源氏物語』である。これは我々東洋民族共同の誇りである」
わたしはこの本は,中国で働く教師や駐在員必読だと思うのだけど、amazonをみるとカスタマーレビューはわずか1件。売れてないということだ。
つまらぬ反中本に埋もれて,良心的な本が届くべき人に届いていない。
◆『日本語先生奮闘記―中国で思う外国語教育のあり方』 (梅田星也著・大修館書店)
この本も神戸市立三宮図書館で借りてきた一冊。この本も売れてないなぁ。じつは,この本を借りるのはもう3回目である。3回も借りるんなら買えよっていう話だな。
著者の梅田星也先生は,元高校の英語教師。1987年から湖南省の長沙大学で日本語教師。前書きの日付は1993年9月だ。このときもまだ長沙大学で現役の先生である。
前回借りたのは中国に行く前のことだ。中国で日本語教師をするための予習として読んだ。上品なユーモアのある文章なので,肩の力を抜いて読むことができる。
しかし,考えさせられることは多い。
中国の学生の優秀さに驚き,学生の日本語の進歩の速さに驚き,何年勉強しても英語ができない日本の学生の英語力にいらだち,そして中国と日本の外国語教育は,どこが違うのか。日本の英語教育はどこが間違えているのか,ということがこの本全体をつらぬく主題である。
この本が出版されて20年以上が過ぎた今,中国は日本を抜いて世界第二位の経済大国だ。そりゃそうだろう,20年以上前の中国に優秀な大学生がいっぱいいたのだから。
この本を読むとそう思うし,今でも中国の大学は,日本の平均的な大学生の頭脳より優秀な頭脳が,おそらく絶対数では日本以上に在籍している。エリート層の海外留学熱の高さも言うまでもない。
残念ながら,わたしの勤めた大学の日本語科は,まるで日本の英語教育みたいな指導だったから,2,3年生の日本語能力は散々だったけど。
日本語学科の3年生なのに,何で「名前は何ですか?」という質問に「听不懂(〈日本語が〉聴いて分かりません)」なんだ。
こんな教育じゃあ,可能性いっぱいの若い頭脳があまりにもったいない。
濰坊の実習生送り出し機関も深圳の日本語学校も,中国人教師と日本人教師がスクラム組んで,実習生,学生に短期間で実用的な日本語が使えるような教育をしていたぞ。
ただ,たったの9人だけど,この1年生が意欲的で,彼女・彼らがなかなかいい具合に上達していってくれたことが救いだった。
この夏には9人中2人も日本に旅行に来ていたのだよ。
ちなみに,2年生約20名中訪日経験者0人,3年生約40名中訪日経験者0人。
『日本は中国でどう教えられているのか 』のことを長く書いたので,この本の紹介を詳しく書くパワーがないので短く書く。
いやー,とにかく中国の大学で日本語教師やっている人は読んでください。
あーそうそう,あるある! が満載。絶対のおすすめです。
♪ Wanting 曲婉婷 - Life Is Like A Song
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Comments
「日本は中国でどう教えられているか」を早速アマゾンの古本で注文しました。
教えていただいてありがとうございます。中国の高校と大学の歴史の教科書を持って帰って来てますので、ぼちぼち読んでそのうち報告します。
Comments
コメントありがとうございます。
この本を読んで,抗日戦争に勝利したこと。そして抗日戦争勝利の意義というのは高試で頻出する項目だということがわかります。
もちろん「中国は反侵略戦争に勝利して,ファシズムに対する戦争に重要な貢献をした」といった(きわめて政治的な)模範解答が用意されています。
こういう入試を突破して彼らは大学にいるのです。中国の大学で教える前に出会いたかった本だと思いました。
さて,日本ではこのような歴史認識(歴史的評価)が定まっていないものは入試で出題することは当然のこと回避される。
過去の戦争に対して日本では歴史的評価が定まっていないというのは,入試で歴史認識が頻出の中国の学生にとって,理解できないことだそうです。
逆に日本人としてはは,学者間で見解の異なることに対して,一方的な見解を「歴史的事実」「正しい歴史認識」として教えていることに驚くとともに,あらためて共産党一党独裁の国だということを再確認してしまうのですが。
とにかく,日本人と中国人の歴史認識のどこに溝があるのかを知るための入門に最適な良書だと思います。
しかし,日本人が近代史に弱い理由を,授業で時間切れになって,先生が「あとは自分で勉強してください」ということになるからということを,みんな口にしますよねぇ。
アホかと思う。理由は時間切れだけではない。
入試にでないから,教師は「あとは自分で勉強してください」と職務を放棄しても問題にならないし,入試に出ないから生徒は勉強しないということでしょ。
ところで,もしかしてだけど〜♪ ですが,きのう(24日・月曜)の7時ごろ名谷駅から地下鉄に乗りませんでしたか?
写真で拝見しているフラフラカモメさんに似た人と,ちょうどホームの階段を上りきったあたりですれ違ったのですが・・・。
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月曜日は夜の7時ごろに学園都市に行くのに名谷から地下鉄に乗りました。大きな黒いバッグを持ってましたが、すれ違ったんでしょうか。ひょっとして名谷にお住まいですか?
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ああ,学園都市に向かいましたか。じゃあ,間違いないと思います。
わたしは,大阪に用事があっての帰りで,地下鉄は,三宮から乗って名谷で降りましたから。
大きな黒いバッグはよく覚えてませんが,そういわれると大きな黒いバッグを肩から下げていたような気がします。
ちなみに,うち(実家)は友が丘です。
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確かに仰る通りで、高校では大抵明治維新ぐらいで時間切れになり、あとは自分で勉強しとけ、となることが多いです。入試に出ないからということではなく、丁寧に授業をしようと思ったら絶対的に配当時間が足らないのです。とくに近現代史は内政の些末な内容が多すぎます。けっこうそのあたりが入試には出たりするんですけど。ちなみに小生の場合は日清日露〜第二次大戦まで、中国・朝鮮との関係を軸に駆け足で数時間当てていました。
やはり出会っていたみたいですね。
再来週あたりオフ会でもいかがですか。
無関係者さんもいっしょに。
Comments
あっ,やっぱり近現代史をちゃんと授業しない(できない)のは「時間切れ」なんですか。
わたし,元塾教師だから言えるのだけど,塾の場合は,時間切れで「あとは自分で勉強してください」は絶対にタブーです。
授業の年間トータルのコマ数,そして入試に頻出する事項を頭にいれて,時間切れにならないように,どこをさっとすませて,どこを重点に教えるかを考えた年間の授業計画を立てます。
公教育と民間教育の違いですね。
オフ会いいですねー! 無関係者さんもご一緒なんてとても嬉しいです。
ところで,10月から大阪の専門学校で日本語教師をするため,わたし,9月中に大阪に引っ越す予定です。
それと,毎週火曜日は夜に勤務校(大阪・)梅田の事前研修・オリエンテーションがあります。
それ以外は時間がありますので是非よんでくださーい!!!!
Comments
確かに塾と公教育とは違います。塾は受験が目標ですが、学校では生徒に教科への興味や関心を持たせる工夫をいろいろしなければなりません。もちろん年度当初に、時間配分や項目を考えますが、その通りには進みまないのです。もともと歴史(わたくしの専門)に興味を持つ学生は少ないので余計に。受験に出そうな項目ばかりを重点的にやって暗記させても歴史嫌いを増やすだけですよね。日本語教育でも同じではないでしょうか。「みんなの日本語」を一コマで1課づつ規則的に進めたら、全然面白くないと思います。不思議なことに地理や現代社会みたいな科目だと、大体予定通り進んでしまう。多分、個人的な思い入れの違いかもしれません。まあ授業下手のたわ言でありますけど。
オフ会はメールにて。楽しみにしています。
Comments
塾の場合は,出題された問題が解けなければ,テストで点を取れなければ,偏差値が上がらなければ生徒や児童も教科への興味や関心を持てないでしょ。という,非常にわかりやすい結果主義ですから。
ところで,以前いた深圳の日本語学校では『「みんなの日本語』を規則的に進める授業でした。
効率主義,結果主義は徹底してましたね。
なにごとも結果を出してあげる。そうしないと,民間の教育機関の場合は存続にかかわります。
公教育と民間はやっぱり役割が違うのですよね。
それはそうと,『日本は中国でどう教えられているのか』で指摘されていた,中国の歴史教育は近現代史重視で,古代のこともすべて近現代史と有機的に結びつけて教えられているということが非常に気になっています。
日本の歴史教育は,ひょっとしてこの点は弱いのではないかと。
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