『中級から学ぶ日本語』『上級で学ぶ日本語』を読む

2012.05.10 Thursday

偉大なる四人組、甲売虫

昔、ビーチ・ボーイズ（The Beach Boys）の台湾盤ＬＰレコードを見たとき、海辺少年合唱団の表記に思わず笑ってしまった。そのまんま直訳である。
周知のように中国語は何でも漢字表記にしてしまう。
コカ・コーラの可口可楽は有名だ。Machintosh、iPad、iPhoneのApple社は苹果公司（ピングォー・コンスー）。つまり、りんご会社である。
ロックバンドを続けると、クイーン(Queen)は皇后楽隊、ローリング・ストーンズ（The Rolling Stones）は滚石楽隊で、これは転がる石楽隊という意味。ならば、ザ・フー（The Who)はと思うと、やはり誰楽隊だった。
こういうのに笑いのツボをぐぐっと押されるのは私だけではないだろう。
ビートルズは披头士、または披头四。これは音訳。BEATLESの発音を漢字にしている。披头士は「びとうす」であり、平常心は保つことができる。
しかし、甲売虫という表記を見ると、もうだめ。
ツボ直撃、秒殺。

授業では、実習生の名前は日本語式で呼んでいる。

日本人は毛沢東をマオ・ツェトンとは読まない。もう・たくとうである。漢字で書くときも毛泽东と簡体字にはしない。
日本ではそれが当たり前だ。
だから、実習生たちの名前も同様に、日本式の字体と発音にする。
でないと日本に行って困る。
実習生だけではなく、実習生を受け入れ企業も困る。
毛泽东という漢字を目にして、マオ・ツェトンという言葉を耳にして、それが毛沢東だと分かる日本人は多くない。

実習生の名前は、まず中国人の先生が日本式の字体と発音に直す。
例えば、张冰（zhang bing）さんなら、張氷（ちょう・ひょう）さんにする。
それを、われわれ日本人教師がチェックする。

よほどの上級者でないと、言葉の響き、語感というのは外国人には分かりにくい。

葛さんが「クズさん」になっている。
間違いとは言えない。クズという植物もある。
しかし、日本語には「クズ」という罵倒語もある。
中国人の先生には「カツさん」とするように頼んだ。
「カツ」なら勝新太郎は微妙だが、勝海舟にも通じてなかなか良い。

妮さんは「ジさん」となっていた。
妮さんは女性である。「妮」にはcute girlという意味がある。
「ニさん」とするように頼んだ。「ニーさん」「ニーちゃん」なら、「ジーさん」「ジーちゃん」よりずっとましだろう。

こうして中国人実習生の名前は日本語化される。

↑「小日本人め。なんで俺がモウなんだ？俺はマオだ」と不機嫌な中国のマオさん。

中国語の世界だとこれと正反対になる。
日本人は名前を中国語の読みで呼ばれる。
ただ、日本のようにどのような読みがいいのかという問題は起こらない。
原則、一つの漢字に読みは一つだからだ。

自分の名前を中国語の発音で呼ばれるというのは、日本にいるときはどうも抵抗があった。
自分は中国人じゃない。自分はそんな名前じゃない、と強く思った。
「ギヨエテとは俺のことかとゲーテ言い」(※注１）である。
ところが、中国に来たとたんそれが薄れ、今ではそれが当たり前のこととして何の抵抗もなく受け入れている。

我是在中国的日本人（※注２）。これもつまり、中国人に近づいたということだろう。

※偉大なる四人組：もちろんビートルズのこと。ジョン、ポール、ジョージ、リンゴであって、江青、張春橋、姚文元、王洪文ではない。
※注１： Goethe（ゲーテ）の読み方。今はゲーテで統一されているが、かつては、ゲーテ、ギヨエテ、ゴエテ、ゴアテなど何種類も混在していた。斎藤緑雨の川柳。
※注２：中国語。意味は「私は中国に住む日本人です」。゛我是在中国的日本人＂でたぶん正しい中国語になっていると思うのだけど。